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アンデルセンのお話より

 
おやゆびの女おやゆび姫
長年子供に恵まれなかった金持ちの夫婦に、思いもかけず子供が授かった。
 それはそれはかわいい女の子で、夫婦は精一杯の贅沢と愛情を注いで育てていた。
 両親の下へもおかぬかわいがりようだったおかげで、女として身に付けるべきさまざまな事など何一つできなかったが、美貌だけはますます磨きがかかっていた。
 
 ある日、国一番の金持ちの商人が、この娘を嫁に欲しがった。妾ではあったが、どんな贅沢も思いのままである。

両親は手放すのを少しためらったが、娘が何不自由なく一生を暮らせるのならと承諾した。

娘もまた父親よりずっと年上の男ではあったが、目の前に差し出された、すばらしい高価な贈り物の数々に目も心も奪われて一も二もなく嫁入りを決めた。

 しかし、その幸せは長続きしなかった。夫が急死したのである。 

 財産の全ては商売のかたにもっていかれ、わずかに残ったものも正妻の物になった。

娘は途方に暮れていたが、出入りしていた若い流しの商売人が娘を嫁にと言ってくれた。

若い男は金持ちではなかったが、諸国を渡り歩き、商売をしているので娘は旅する事にも興味があったし、なにより美しい男であった。

 旅から旅への商売で、売るものがなくなると男は金持ちの女に自分を売った。

かつて娘もこうしてこの男を買っていたのである。

娘もまた見ず知らずの男に一夜をひさぐ。

そうした生活が幾年か続くうちに、娘の体が二つになった。

男と娘はこの小さなものをどうしていいのかわからなかったので、長年子供に恵まれなかった夫婦に売ることにした。

 この夫婦は小さな娘を宝物のように育て、長じると金持ちに嫁に出し、その男が亡くなると娘は・・・。

にんぎょひめー人魚姫
女は日々の退屈さにうんざりしていた。

 夫は相変わらずで、自分が夫にとってどんな存在なのかと、じいっと顔を見てやったが、捕らえどころの無い視線の先に自分は居ない事に気付いたときから、女は夫を見つめるのを止めてしまった。

 今はただ、2人の子供の良き両親を演じあうのが精一杯のお互いへの誠意であり、暮らす理由であった。

「お父さん・・・」 

 女は夫を“あなた”と呼ばなくなり、夫もまた女の名前を忘れていた。

「ん?」 夫は虚ろな目をのろのろと向けて寄越す。

「私、アルバイト決めてきたから。これから先、子供達に教育費がかさむでしょうし」

夫は賛成も反対もせず、抑揚もつけずにまた「ん」と言っただけだった。

自分の存在理由を探す。

子供のため子供のためと言い聞かす。

でも、子供がいなかったら私はいったいどうしたいのだろう?

安心しきって眠っている子供達を見ながら、女は恐ろしい衝動を感じていた。

 

 バイト先で若い男と懇意になった。

というより、それは女の一方的な思い込みであり、男にとっては大勢いるバイトの女たちのひとりでしかなかった。

そんなこと重々承知の上で、女は自分の名前を呼んでくれる男に惹かれていく。

「寂しいのよ」 そう言ったとき、男は黙って女を抱いた。

それが自分の仕事だとでも言うように。

それでも女は抱きすくめられて自分が存在する事を実感するのだ。

「生きているわ、わたし」

返事を期待したわけじゃ無かったが、男はぶっきらぼうに応えてよこす。

「――――」

そして女は自分の宝を捨てる。

夫はどんな顔をするのだろう?

小さなボストンバックひとつを持って家を出るとき思ったが、夫の顔など当の昔に忘れてしまっていた。

なにも未練なんかないわ、と女は男の部屋に向かった。

 

 

「はぁい?・・・アンタ、なによぉ!」

出てきたのは同僚の若い女であった。男の応(いら)えが奥から聞きえる。

「ふん、ほらね。迷惑だってさ、アンタ、何かカンチガイしてんじゃない?ばっかみたい、オバサンのくせにぃ!あっははは」

女はボストンバックの中から・・・を取り出し・・・。

 

マッチ売りの少女マッチ売りの少女
シンジュクK、不夜城の冬の町。

接待が終わり私は帰宅のためタクシーを捜していたときに、その少女に出会った。

「おじさん、マッチ買って・・・」
「?!」

どう見ても小学生だ。こんな夜中になんてことだ。警察の補導係りの怠慢じゃないのか。

「お嬢ちゃん、こんなところでなにやってるんだ?お家の人が心配するだろう?家はどこなの?」

私にも同じ年頃の子供がいるのだ。今時の日本で何てことだ。

マッチなんて・・・

「マッチ買って・・・」  少女はそれしか言わない。

取り立てて目立つ少女ではなかったが、すれ違う人々は無関心なのかこっちを見ようともしない。

「困ったな――それじゃ、ひとつだけだよ、買ってあげよう」

少女は返事もせずに一箱私に差し出した。タクシーが止まって後部ドアが開いた。

私は少女に 「さぁ、すぐに帰りなさい、明日学校だろう?」 と言うために振り向くと、少女はいつのまにか居なくなっていた。

こんな冬の夜中に、こともあろうにマッチ売りとは・・・いや、あれは新手のポン引きか美人局か、幼女趣味の男を捜していたのかもしれない。

家ですでに平和な眠りについているはずの我が子の顔がふと浮かんで、私は背中が寒くなった。

(・・・いや、似てるはずないじゃないか・・・そう見えるだけさ、あの年頃の女の子はみんなあんな感じなのだ。)

マッチを開けてみた。

「なんだ?三本しかないじゃないか、それで50円はないだろう・・・」 私は苦笑しつつ家路に着いた。

門灯とリビングの明かりは点いている。いつものことだ。

妻と娘は寝ている。起きていられても困るのだ。

私は風呂に入り、就寝前の一杯にとビールを流し込んだ。

マッチ・・・

 少女の顔は・・・あれ?思い出せない。ま、仕方ないだろう。

私は煙草のために一本点けることにした。

「高いマッチ棒だぜ」 ぽっと蒼白い炎があがる。

なのに、煙草に点いてくれないのだ。

「不良品かよ、参ったな。・・・ん?」 ジジジと軸を焼く炎を見つめた。

これは・・・妻だ。 炎の中に妻が見えるのだ。

「なんだ?!」 私は2本目に火を点けた。

ゆらゆらと立ち上がった青い炎の向こうに妻が見える。

夏? 

妻が着ている白いノースリーブのワンピースは確か、去年の夏に私が買い与えたものだ。

いっしょにいるのは・・・私の部下だ。 二人は知り合いだったのか?

先日のクリスマスイブに部下を連れてきた時、初対面の挨拶をしていなかったか――。

どういうことだ? まさか、妻と・・・

炎が消え、私は寝室に行った。

なんか、イヤな感じがする。

鍵がかかっているじゃないか!

そんな、ばかな。 私が帰宅するのに、鍵をかける必要はない。

「おい!!けい子、開けろ!オレだ!おいっ!!」

私は娘が起きてしまうのも構わずドンドンとドアを叩いたのに、妻は応えようともしなかった。

寝室の鍵は中からしかかけられないし、ここは二階だから部屋の中には妻と娘が寝ているはずなのだ。

誰か、私に知られるとまずい人間と同衾しているのか?

きっとそうに違いない。

「けい子っ!!」 妻は私を無視している。

私はリビングに取って返した。

そして3本目に火を点けなければと思った。

絶対、今そうしなければならない。

ドアをこじ開けるよりも先に、炎を覗かなければならない。

何か忘れているんだ、この不安感はいったいなんだ?

焦るので、なかなか点かない。

軸が半分に折れてしまった。手が震えて上手くいかないのだ。

慎重に、そうゆっくりと私はマッチを擦った・・・

ぽうっとあがる蒼白い炎の中で、妻を抱いた部下の目が私を捉えた・・・。

私は思い出した。

あの日、接待が中止になり、いつもより早めに帰宅した私は妻と部下が私達の寝室にいるのを見てしまった。

妻は泣いて詫びるどころか私を口汚く罵るばかりだったし、部下は私が自分の恋人を奪ったのだと勝手な事を言うばかりだった。

私と妻が出会ったころ、妻の実家の工場が危機的な状況にあったのを私の独断で救った。

私はどこか儚げなこの女に一目ぼれしたし、女が喜ぶ事ならとなんでもしてやったのだ。

たとえそれが会社に対する背任行為だとしても、私には悔いなど微塵もなかった。

妻の実家はなんとか持ち直し、融資した甲斐があったので私のクビも繋がっているのだが・・・。

妻は私の求婚を受け入れた。

恋人がいるなんて、おくびにも出さなかったじゃないか。

そうだとしたら、私は無理強いなんてするはずないし、そのことで融資の件をチャラにするつもりもなかったのに、妻は自分が犠牲になればと思ったのだろう。

浅はかな女であっても、必死で家を救った気持ちは私にも理解できたが、なぜ、浮気の場所がここなのだ・・・。

部下は私に対する復讐だと言った。

何が復讐か・・・人のせいにしかできないお前は自分の愛する女も守れず、他人のものをコソ泥のように狙うしかない下らない男じゃないか。

私は自分の家族のため、戦っているんだ。

お前は自分の欲望を満たすことしか考えた事ないだろう。

その若さと美貌は私には無い物だが、私はお前よりも妻の人生を第一に思って日々の辛さにも耐えてきたんだ。

なのに・・・まぁ、いい。

それでも、妻は満たされない思いを抱えていたんだと思ってやろう。

離婚してやるよ。もちろん、それなりの慰謝料もやろう。

それを持って二人でどこへでも行くがいい。

ただし、娘は置いていけ。

私の宝をとりあげるな。私への慰謝だと思ってくれ。

・・・?  なんだって?娘なんかいない?

何をバカな事を言っているんだ。

娘、いるじゃないか、お前が産んで・・・・

私の子が出来たのは事実だったが、4ヶ月の時に死に物狂いで無理やり流産させただと?!

私が長期の海外出張のときか・・・

ああ、そうだ、8年前だ。お前は女の子だったと泣きながら電話で報告してきたんだっけ。

私にはどうすることも出来なかった。なぐさめることで精一杯だった。
それからお前は子供が出来ない体になってしまったのだと・・・あ。

違和感がある。

炎はとっくに消えているのに私の目は未だあの時の二人を見ている。

私の服を引っ張るのは誰だ?

そこには、あのマッチ売りの少女が立っていた。

少女は私を寝室に導こうとしている。

    いいや、私は行かない。

いやだ・・・・・行きたくない。

                  やめろ!

寝室には私がいるはずだ、殺されて・・・・。

 

カーレン赤い靴
新月の森の奥、四辻の真中に火が焚かれている。

燃えているのは夜目にも白い人骨であった。

人影が炎に手をかざす。自ら傷をつけた手のひらからポタポタと赤黒い血が白骨を染め、
そして炎はゆらゆらと紫色の悪魔の形になった。

「魔王よ、ご所望を!」 人影がしわがれた声で叫んだ。

『 カーレン ・・・』

森のそばの村に少女が母親と二人で住んでいた。

貧しい暮らしで、母親は必死で働いたが、とうとう病で死んでしまった。

「母さん、どうして父親のわからない私を産んだの?好きで生まれてきた訳じゃないわ。
なぜ私ばかりこんな辛い目に会うの?どうして先に死んだりするの?母さんのお葬式に履いていく靴も着ていく服も無いのに」

途方に暮れている少女に声をかけた老婆がいた。

「どうしたね、カーレン」

「明日のお葬式に着ていく服も、靴もないのよ」

老婆は乱杭歯を剥き出しにして笑うとこう言った。

「カーレン、今夜一晩働くかね?なぁに重労働なもんかね、ちょっと我慢すれば明日、お前のほしい靴が手に入るさ。
いいや、それ以上のものも・・・」

「ほんと?そんな仕事があるのなら、なぜもっと早くいってくれなかったの?」

「ホホホ、いや、お前の母親が・・・」

「え?母さんが何?」

「いやいや、何でもないよ。じゃ、今夜家においで。森を抜けるとすぐに見つかるからね」

老婆は約束どおりやってきたカーレンを湯浴みさせ、綺麗な白いドレスを着せた。

「おお、カーレン、なんて可愛いんだい!ほら、自分で見てご覧よ」

鏡に映ったカーレンは少女から大人へ変わるほんの一瞬の輝きを放っていた。


「わたし?これが本当の私なんだわ!」

「ほほほ、そうともさ。時にカーレン、お前、月のものはあるのかい?」

カーレンは首を横に振った。

「そうかいそうかい」老婆は嬉しそうに頷くと、

「さ、支度は終った。さぁ、仕事だよ。何、簡単なものさ。ほれ、そこの寝台に横になっているだけでいいんだ。
あとは金持ちのお客さんに任せっきりでいいんだからね。逆らったら、靴は買えないよ。いいね」

次の朝、老婆はまだ寝ていたカーレンを立たせると、白い腿を伝う破瓜の血と白い液体を小瓶にすくい取った。

「そら、夕べの賃金さ。これで靴を買うといいよ。」

カーレンは幾分ぼうっとした顔をしていたが、金を握ると靴屋へ向かった。

「母さんのお葬式・・・だけど、この白いドレスにこの地味な靴は合わないわ」

それはカーレンには母親の葬式よりも大事なことだった。

カーレンは真っ先に目に付いた白い靴を手にとると、

「これよ。こういうのが欲しかったんだわ。こないだ見た城主さまのお姫様が履いていたのと似ているのよ。
でも、私の方が似合うと思うわ」 そうひとりごちると、クルクルと回って見せた。

教会では人々や神父様も場違いの服装をしてきたカーレンを見咎めていたが、
たった一人の身寄りを亡くした貧しい暮らしの少女に、誰も何も言えなかった。

葬式が終って教会を出るとカーレンの前に夕べの男が近づいてきた。

「やぁ、カーレン」

「・・・・」

「どこか行く当てはあるのか?どうかね、私と一緒に来ないかね?」

カーレンはあの老婆の処へ行こうかと考えていたのだが、どうせなら金持ちの男の方がいいと思った。

もはや、自分が何をしようと口うるさく咎めだてする母親は居ないのだ。

自分を置いてさっさと天国へ行ってしまった母さんなんか、もう、いないんだ。

カーレンはこっくりと頷いた。

この男がどんな仕事をしているのかは判らなかったが、カーレンはなぜか聞いてはいけない気がしていた。

美味しい物が毎日食べられるだけでも幸せだったのだ。

そしてカーレンは夜毎の交わりに身も心も没頭するようになった。

「だんなさま、今夜は・・・」

カーレンが初めて不都合の日を迎えて、同衾を断わろうとすると、男は

「今夜こそが待ち望んだ大事な日なのだ」 と言って、カーレンが気を失うまで“儀式”は続けられたのだった。

そうして幾月かの後、カーレンは身体の変化に気付いた。

男が夜カーレンを抱いて寝室に連れて行くときに、カーレンは男の首に抱きつくと


「赤ん坊ができたの」 と言った。

男は大層な喜びようで生まれるまで大事にせよと何度も言った。

カーレンにとって子供が生まれてくるまでの間、夢のような幸せな時間が過ぎていったのだった。

カーレンは産みの苦しみの中にいた。

「さぁ、いきむのじゃカーレン!」 あの老婆が産婆の代わりをしていた。

「あああっ」 絶叫とともに赤子が老婆の手元に落ちてきた。

女の子だった。

老婆は小瓶をとりだすと泣いている生まれたばかりの赤子の口に瓶の中の赤黒い液体を流し込んだ。

男は歓喜の声をあげて赤子を祝福する不思議な呪文を唱えると

「これで我が大望が成就した。でかしたぞカーレン、わが娘よ!」 みるみるうちに男の姿は紫の炎に変わっていく。

「なんですって?!」

「お前は私の正真正銘、娘だ。お前の初経血と破瓜の血を赤子に飲ませる事ができたぞ。」

「このお子は次代の魔女王となるお方ぞ!」

老婆は高々と泣き叫ぶ赤子を抱え上げるとゆらゆらと煙となって魔王とともにあっというまに消えてしまった。

カーレンの母親はそれと知らずに魔王に見染められカーレンを産んだが、魔王の策謀を知り逃げ回っていたのだった。

「ああ、母さん・・・私は、私は魔王の、実の父の子供を産んでしまった。私は・・・どうすれば・・」

カーレンは恐怖と絶望のあまりに正気を無くし、白いドレスと白い靴のままに、さ迷い歩いていた。

ぶつぶつとわけのわからない事をつぶやき、時折泣き喚く姿は哀れであったが、そのうち人々はカーレンを不気味に思いはじめ、魔女とよびはじめた。

密告は教会の異端審問会に届き、カーレンは魔女として裁判にかけられる。

ほどなくして火炙りの刑に決まり、白いカーレンの身体は炎に包まれて赤く染まっていった。

 

ハダカノオウサマはだかの王様

あるところにオウサマがおいででした。

このオウサマは美しいモノを身に纏うのが大好きでしたので、自らお忍びであちこち歩き廻っては掻き集めていらっしゃいました。

そうして集めた中には、オウサマを盲目的に信頼し尊敬している者にしか見えないという不思議な奇怪なお洋服がありましたので、オウサマはそれを着てオウコクの者の前に現れました。

「素晴らしい」「美しい」

そういう賞賛を浴びるものと思っていたので、それはそれは得意げでした。

しかし・・・

側近の者は誉めそやしはしましたが、多くの民は沈黙したままでした。

(変だ・・・どうしたんだ?我が下僕たちは・・・)

オウサマもまた困惑の表情を浮かべて沈黙してしまいました。

いつもの饒舌はどこへやら・・・そのときでした。

『オウサマ ナンデ ハダカ ナノ?』

民衆の中から声が聞こえてきました。

オウサマは激高し、その声の持ち主を探し出し、恫喝したのです。

“僕を批判・非難するものは ただではおかないぞ!”

・・・・

 このオウコクの隣りにはハーレムを創ることを至上のヨロコビとするオウサマがおりました。

ハダカノ オウサマとハーレムノ オウサマ。

二人の共通点は 自分に逆らう者を「脅す」というものでした。

二人とも 見果てぬ夢を追う、ネバーランドという世界に棲んでいるようです・・・

インゲルパンを踏んだ娘

嫌だ・・・なによ、ここ?

あたしが何をしたっていうのよ。 ちょっとパンを踏んだだけじゃない!!

ああ、あたしの綺麗な髪にヌルヌルした長いモノが巻き付いている。

頬に無数のムシが這いまわっているわ。

なんて臭いところなの・・・どろどろの空気があたしの肺を軋ませる。

体が動かない。

お腹がすいたわ。

 ―― パン・・・足元にあるのに届かない。

ムシが邪魔だわ。早く目の上からどいてよ。

あ・・・何あれ?

あら、あそこに立っているのは確か・・・沢木くん?

非の打ち所の無い優等生、大会社の御曹司、タレントも霞んじゃうくらいのルックスで・・・

あたしの初恋の・・・こっぴどくふられたけどね。

美知子先生もいるわ。

ナオミ達があたしを虐めていることを知っていたくせに見て見ぬふりを決め込んで助けてもくれなかったわね。

あはっ、いるじゃん!ナオミ!!

あんたより良い成績を取るたびに手下を使ってさんざん陰湿なイジメをしてくれたっけねぇ。

何か食べ物ないかしら。

お腹がすきすぎて痛いわ。内臓同士で喰い合いをしているみたいよ。

ちょっと、ムシ!目の端っこからどいてよ!

・・・ん?

あなた ――― あなたもここに居たの?

なんでこんなヤツと結婚したのかしら。

あの酷い生活から抜け出すためには手っ取り早かったけどさ。

でも、あっと言う間にリストラされちゃって、あんたに遺ったものは愚にもつかない一流大卒の肩書きと、それにしがみついている薄っぺらなプライドと、そう・・・背中にへばりついているお義母さまだけね。

せっかく出来た子供もあんたの暴力で流れたしねぇ。

ツマラナイ世間体に縛られて離婚も出来ない情けない男。

うふふ・・・こんなどろどろの中で嬉しそうにしているのはお義母さま、あなただけよ。

ずいぶん沢山いるのね。

じゃあ、あたしを産んで捨てた女も ここにいるのかしら。

なるほどね、そういうことなの。

でもね、どうすりゃ良かったっていうの?

あたしは生きていくためにあたしを守るので精一杯なのよ。

あたしの持っているものなんて、ひとより綺麗な顔とひとより少し出来の良い脳味噌だけよ。

なんにも無かったわ。 誰も助けちゃくれなかったわ。

涙も出やしない。

泣き叫んでもあたしを抱きしめる手はどこにも無かった。

あたしにもそんな手は・・・ほら、あたしの手だって動かないわよ。

前に進む足も強張っているわ。

口だってうめき声しか出てこない。

笑えですって!?

はんっ! こんなにムシが這いずり回っている頬に何が出来るっていうのよ。

ああ、髪にまとわりつくのはいったい誰よ。

うじゃうじゃと鬱陶しい。

 

あたしはどうしたかったのかしら。

何でこんな所にいるのかしら。

何であたしを産んだの、オカァサン・・・・そうね、お母さん。

あんたは復讐したかったんでしょう?

あたしをコサエタ男への?

あたしは身代わりなわけね?

ここに居るんでしょう?オカァサン・・・・

まぁ、いいわ。

あたしだけじゃないってとこが気に入ったわ。

あたしのお腹を喰い尽くしているのが何なのかも解ったわ。

踏んづけているモノの正体もね。

笑わせないでよっ!

・ ・ ・ ムシが目に入って涙が出てくるじゃないっ!

本当のお姫様エンドウ豆の上にねたお姫様

 昔々、ある国の王子様はつねづね“完璧なお姫様”と結婚したいと思っていましたので、王様やお后様も八方手を尽くしてさがしていましたが、何かしら具合の悪いところがあってなかなか決められないでいました。

 これならばと思う姫もいたのですが、それが“完璧なお姫様”かどうか確信がもてません。

 ある嵐の夜、城の門をたたく者がいました。
衛士が若い娘が旅の途中で難儀していると報告にきましたので、お優しい王様は中へ入れてやることにしました。

 びしょぬれで震えていた女性も暖かいお風呂ときれいな着物に着替えましたら、息を飲むほどの美しい女性であることがわかりました。

「旅の途中、馬が死んでしまって途方にくれておりました。ご親切にありがとうございます。あ、食事は済ませてありますので、私はご遠慮させていただきますわ。」

 王子様もまた食事がのどを通りません。その様子をお后様は見逃しませんでした。

お后様は召使に命じて客室寝室のベッドから布団をのけさせ、小さなエンドウ豆をひとつ置きました。その上に敷布団を20枚と羽根布団を20枚重ね敷きさせました。
こうして女性はこの上で眠る事になったのです。

 朝になって、寝心地はいかがでした?と聞かれると、
「こう申しあげてはお気にさわりましょうが、とても辛かったですわ。一晩中眠れませんでしたの。なんだか、背中がひどく痛んだのですわ」

 それを聞いて、お后様はこれこそほんとうのお姫様だと確信しました。
 40枚もの重ね敷きした布団の上からもエンドウ豆がわかるほど繊細な女性は、完璧なお姫様に決まっています。
王子様は無事、理想の花嫁を得た・・・はずでした。

 

 朝になり雨が上がると国のはずれにある森の中から若い女性らしきものも含む数十の死体が見つかりました。

 オオカミか何かに食いちぎられていたので定かではありませんが、残されたわずかな物からかなり高貴な女性であることがわかりました。
 しかし、お城からのお沙汰はなにもありませんでした。
それどころか、今、お城の中でも累々たる屍が築かれつつあったのです。

「まったく、ひどい目にあったもんだ。あんなフカフカな布団に寝かされたせいで、まだ背中がギシギシいってるし。夜は動けなくなるからな、あたい。くそいまいましい!」

そう吼えるなり、しゃぶりつくした左腕らしきものを後ろ手に放り投げました。

カチンと音を立てて床にころがった骨の指先には王子の指輪がはめてありました。

ジャスミンジャスミン

理想の女だった。
容姿は言うに及ばず、発する声も言の葉も、何気ないしぐさ、その価値観、全てが私の好みだった。
だが、私はその女を手に入れることが出来ないのだ。
いや、彼女は私を愛してくれているのだが・・・

「お兄様。あの人をあんなに遠い町まで使いに出したって本当なの?」
「お前の婿になる男なのだろう?ならば、うちの商売をよく知ってもらわんとな。淋しいのはわかるが仕事なんだ。我慢しておくれ、いいね」
「――!じゃぁ、あたし達の結婚を許してくださるのね?嬉しい!」

女は私の首にすがりつく。甘やかな香りが私の頬にまとわりつく。そしてその柔らかい唇が私を虜にするのだ。

「おいおい、しがみつく相手が違うだろう」

私はこうして物分りのいい兄を演じ続けているのだ。
妹が生まれてからずっとだ。
年の離れた兄妹。
早くに両親が他界し、私は一人で妹を育ててきた。掌中の美しい珠を何故あんな男に渡さねばならぬのだ。
しかし、私の本心を知られてはならぬ。世間にも、我が妻にも、もちろん妹にもだ。

私は屋敷の裏小屋で逢引する二人を見てしまった。そして私は小屋から出て来た男の後をつけ、森の中で殺した。
そうだ、殺したのだ。男の額を割ったのだ。助けてくれと喚いていた。妹と別れるから命ばかりはと泣いて懇願したのだ。
妹に手を出しておきながらだ。
こんな下司なヤツと、妹は・・・
私は息も絶え絶えの男の首を絞め、菩提樹の根元に埋めた。
これでいい、男は永遠に還ってくることは無い。

「そんな・・・信じられない・・・あの人がそんなことする訳ないわ!」
「気持ちはわかるが、仕事用の金を持ったまま行方不明なのはお前も承知のはずだ。ヤツが金に困っていたのも知っていたんだろう?お陰で私も大変な損をしたのだよ」
「・・・うそよ。だって・・・」

妹は嘆き暮らしているが、きっと時が解決するはずだ。
その証拠に今日は散歩にでかけ、花を摘んできたと言う。
良い香りのするジャスミンの苗を見つけたと久しぶりに笑顔を見せてくれたのだ。
やつれてはいたが、なんと可愛いのだろう。私は今まで以上に妹を大切にしなければ・・・

妹はそれっきり部屋から出てこなくなった。
1日中ジャスミンの鉢を手放そうとしない。
なんにせよ、あの男を忘れてくれるのなら私はいいのだが、妹の体が心配だった。
妹は食事を摂らなくなった。日に日に衰弱していくのを止められないのだ。
私が部屋に行くと鉢を抱いたま力なく笑う妹が憐れでもあったが、その妖精めいた美しさに私は何も言えなくなるのだった。
ジャスミンに蕾がつき、ふくらんでふんわりと花が開いた時、花びらに口付けしたきり妹は遂に死んでしまった。

しかし、私は悲しみよりも何故か安堵している。これで、妹は永遠に私だけのものになったのだから。
私は妹が愛したジャスミンを妹の代わりに大切にしようと思った。
そうして株が鉢に合わなくなったので取り替えることにし、鉢を外した。

「・・・なんだ、これは?」

ジャスミンの根は 額の割れた頭骨にしっかり食い込んでいた。


アンデルセンの童話より―了