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日本の民話

蛇の恋(雨月物語)

化生の恋

 

 大きな庄屋様の次男は家業の手伝いをするでなく、家を出て身を立てるでもなく、好きな学問に没頭する毎日を送っていた。

家族の者は、そんな次男をとうの昔にあきらめていたので、近くの神社の神主を学問の師匠に毎日通わせていた。

 ある日、次男は学問の帰り道大雨にあったので、雨宿りがてら傘を借りようと知り合いの家に寄った。
 

そのとき、外から女の声がした。

「もし・・・申し訳ありませんが、少しの間雨宿りさせていただきとうございます。」

 そう言いながら入ってきた女に次男はたちまち目と心を奪われてしまう。
そして二人は恋に落ちたわけだが、女はお決まりの如く、「 もののけ 」だった。

 次男は化生の者とはいえ、人間の女以上に自分に尽くしてくれることで何の不満も無かったのだが、周りの者はそうはいかない。

 やれ、精を吸い取られてやがて死んでしまうだの、家に災いをもたらすだの、子ができたら、その子はどうなるんだと、煩いことこの上ない。

 しかも、母親が息子を大事に育てたのはバケモノにくれてやるためではないと半狂乱になってしまったので、さしもの次男も親不孝ばかりをする自分を責めて、女と別れる決心をする。

 そうなると今度は女が納得しない。

 せっかく手に入れた生涯の伴侶をみすみす手放してなるものか、あんなに尽くしたのにと、こちらもまた必死である。

 ついに、次男の家族が高名な法師を連れてきて女と対決させる事になったとき、女はどこかに姿をくらました。

 次男の家族は心の底から安心し、次男がいつまでも独り身でいるからバケモノにたぶらかされるのだと思い、良い嫁を見つけてきたのだった。

 婚礼の夜、いよいよ床入りとなったとき、次男は新妻の顔を見て驚いた。


 「二度と離れないと、お誓いしたではありませぬか、おまえさま・・・」

「おまえ!法師に消されたのではなかったのかっ?」

 「ほほほ、そんなヘマはいたしませぬわいな」

 家族は首尾よく事が運ぶのを耳を清まして窺っていたものだから、驚いて襖を開けた。

「おのれ、バケモノ、性懲りも無く!!法師様を呼べっ!」

 女は本性を現し、気を失っている次男の体に巻きついている。

「わらわに仇なす者よ、この男も巻き添えになるぞ、よいのかぇ?」

 大騒ぎにやっと正気になった次男は、本性を剥き出しにして威嚇する女に静かに言った。

「わが妻よ。安心するがいいよ。私はどこへも行かぬゆえに。お前の本性まるごと愛そうほどに、共にこの世の果てまで行こうぞ・・・」

「おお、おまえさま・・・」

 女ははらはらと涙をこぼし、巻きつけていた体を離して人間の姿に戻ると、ひしと抱き合った。

 法師は女の霊力が解けるのを見定めると、一気に呪を唱えた。

「おまえさまっ!・・・ああ・・」
「!!」

 女はたちまち小さい白い蛇になり、法師はそれをひょいとつかみあげると、お札を貼った骨壷に封印してしまった。

女の憑依がとけると新妻は本来の姿にもどり、めでたく次男と婚姻したのだが、次男の心はすでにこの世のものではなくなっていたので、まもなく死んでしまった。しかし、あの世に愛しい女はいなかった。

女は・・・・
骨壷に捕らわれたままだった。

“なぜ・・・私は人を愛してはならぬのか・・・
 なぜ・・・私は人に生まれてこなかったのか・・・
 なぜ・・・私の業はどこから始まっているのか・・・
 私は人に生まれ、人を愛し、
人として幸せになりたかっただけなのに・・・
 なぜ、なぜ、なぜ ―――― ! ”

 だが、憐れな女が 永劫の闇を彷徨っていることを 未だに誰も知らない・・・。

*** 蛇の恋(雨月物語) ***

蜘蛛の糸(芥川龍之介)

クモ ノ イト (蜘蛛の糸)

極悪人が死んで地獄に落とされた。

阿鼻叫喚の渦巻く世界に身を置く事になったが、なぜか極悪人の心は生きている頃よりも安らかだった。

 日々、鬼どもに切り刻まれ、苛まれても、肉体はいつの間にか戻っているし、こうなりゃ慣れってなもので、多少の痛みに耐えてさえいれば「永遠の命」に違いない。

 極悪人は哀しみばかりで生きにくかった娑婆よりも、地獄世界が気に入った。
  

 顔見知りになった鬼は手加減すらしてくれるのだが、どうせすぐ再生するのだから、そんな情けはいらねぇよと笑う余裕すら持っていた。

すっかり地獄の主になった頃、はるか天井の雲間からキラキラ光るものが降りてきた。

なんだこりゃ・・・

糸だった。

ふふん、お釈迦さんとかいうヤツの得意の気まぐれだな。

随分あまっちょろいヤツだぜ。

でもま、地獄も飽きてきたし、ちょっくら誘いに乗ってやるか。

 極悪人は今にも切れそうに見える糸にぶらさがった。
 

 するすると登っていく。

 もうすぐ天井に届くというところで下を見ると、有象無象の者どもが後から後からついて来る。

ほほう、いいぞ、お前ら。

だがな、オレが登りきった時、きっとヤツは糸を切るだろう、まっさかさまだぜ。

 口の端をすこし歪めて、なおも登っていく。

うらうらと揺れる水面に、ほっこりと顔を出した時、極悪人の足下から、すさまじい叫びが聞こえてきた。

やっぱしな、落としやがった。

はん、何が“慈悲深いお方”なもんか、期待させやがって。

 上目遣いに眺めると、輝く光背を持つ仏陀が見おろしていた。

≪  ほう。登りきったのか ≫

 仏陀の意外そうな応(いら)えが気に入らなかったが、極悪人は へぇと頷いた。

≪ まぁ、いいだろう。さぁ、池から上がりなさい。 ≫

 極悪人は蓮の花や葉に触れないようにしながら岸へ泳ぎ着いた。

仏陀はまた意外そうな表情を見せた。

知ってるんだよ、オレはな。ダテに毎日地獄でミンチになってやしねぇよ。

≪ ・・・・ ≫

極悪人は体を水から出した。

なんだ、これは?! 

 やたら体が重いのだ。

重力に押しつぶされそうだった。いや、体をとりまく空気圧が尋常ではない。
 

 ぎゅうぎゅうと締め上げてくる。肺と心が悲鳴をあげる。

「 おい、仏のダンナ・・・オレに・・・いったい・・な、なにを・・しやがったっ!!」

≪ 苦しそうだな、仕方なかろう。お前の“宿”という圧がかかっているのだ。それは全部お前自身の業である ≫

 極悪人は息も絶え絶えになりながら、それでも仏陀のガラスのような目をまっすぐ見据えて言った。

「ダン・・ナ、あんた、人間を・・・救う、気は・・・」

≪ 無い。ヒトは仏にも神にもなれはせぬ ≫

極悪人は生まれて初めて絶望した。

 ふらつく足元が蓮の葉に触れたとたん、極悪人は蜘蛛になり、天国の蓮池に捕らわれた。

 生まれて初めて流した涙は糸に伝わりキラキラと輝いた。

*** 蜘蛛の糸(芥川龍之介) ***

安達ヶ原の鬼婆伝説

         安達ヶ原

 

黒塚は ただの大きな岩でした。

こんなところのどこに住み家を作ってくらしていたのかと思うのです。

巨大な岩が重なっているだけで、人の住めるスペースなんてありません。

でも、確かにここに、その伝説はあるのです。

女はいつから鬼になっていったのでしょう。

花を飾っていたはずの髪に、なぜに角を生やすのでしょう。

人を慈しみ育てるはずの腹だというのに、人の肉を喰らい入れてしまうなんて。

何人喰らい尽くしても、その飢えは収まらず、
自分が何を欲しがっているのかも定かでなくなる。

自分の飢えの在りかを探しつづけるのです。

喰らうのも、もはや肉だけではなく心もです。


あの人の心が欲しいとむさぼり尽くしてみても、満たされません。

神や仏にすがってみても、
愛などという訳の解からぬ呪文が何の役に立つというのでしょう。

喰らうほどに餓えていくなんて。

・・・・こんな責め苦をなぜこの私が味わわねばならないの。

私がこの世に生まれてきた意味はどこにあるの。


黒塚に両手をついて頬を押し当て、慟哭したときでした。

体がずぶずぶと岩に引き込まれていくのです。

すっかり取り込まれたとき、気が付きました。

「お母さん?・・・ここに居たの!?」
< キタノネ。マッテタノヨ、ズット >

「あら?あの女・・・」

夫が愛人と歩いて来ました。

「出張だなんてやっぱりウソだったじゃないの」
<オマエノ ダンナカイ?>
「そうよ。あの愛人もそのうちここに来るのね」
<マツノカイ?>
「さぁ、どうしようかしら・・・・」

取り込まれてしまった女達が私の周りでくすくすと笑っています。

ああ、そうだったのですか。巨大な岩になっていったわけがわかりました。

黒塚が鬼の棲み家というのは・・・こういうことだったのですね(笑)。

*** 安達ヶ原の鬼婆伝説 ***

吉備津の釜(雨月物語)

イソラ ― 吉備の釜(雨月物語) ― 

貞節な妻だった。

姑にも良く仕え、子供も立派に育て上げ、地域の人とも上手くいっていた。
非の打ちどころ無い嫁・妻・母だった。

容姿も美しいとまでは言えないが愛嬌もあり、何より健康だ。
申し分の無い女のはずだ。

なのに肝心の夫ときたら・・・

これ以上私にどうしろというのかわからない。
私に何が足りないというのだろう。
私は完璧のはずだ、そう努力してきた。

なのに何度浮気したら気が済むのか・・・

夫はこのところ帰宅するとパソコンにかじりつく。
モニターの向こう側の“理想の女”と恋愛ごっこの真っ最中なのだ。

私が知らないとでも思ってるのかしら。
私は夫に内緒で自分用のパソコンを持っているのだ。
夫の気に入りサイトも知っている。
夫と“彼女”の様子を盗み見しているのだ。

ふふふ、お互いに「 悲劇のヒロイン 」じゃないの。
あらあら夫ったら同情なんかしちゃって慰めてるわ。
へぇ、こんな優しい言葉を言えたのねぇ。
こんな甘ったれた女が好きだったの?

何の事は無い。おままごとみたいね。
自分が一番大事なだけなんじゃないの。
被害者意識丸出しで、自分だけが正しいって、錯覚もいいとこだわ。
一方的な気持ちの押し付け合いじゃないの、結局。
ほらほら、夫はあわててるわ。格好つけたって本性でてくるものね。

そんなに辛いならさっさと決別しちゃえばいいのに、
何を未練たっぷりぐちぐち言いながらしがみ付いているのかしら。
愚かな――

そうよ、毅然とね・・・

女が夫に別れを切り出したわ。
夫のうろたえようったら、滑稽ね。
まるで、お気に入りのおもちゃを取り上げられて泣き喚くガキよ。

私も夫に離婚届けを突きつけてやった。
夫の顔ったら・・・

そうそう、サイトの女は私だったってことも教えてやったわ―――

*** 吉備の釜(雨月物語) ***

こぶとり爺さん

こぶとり異説

 

傍目からは気にすることも無い程度なのだが、彼はすこぉし太っているのを気にしていた。
結婚願望は誰よりもある。女友達はたくさんいるのだが肝心の恋愛まで発展しない。
それは、いざとなると尻込みしてしまうからなのだが、モテないのを体脂肪のせいにしたがっているのだ。
男というよりオスの匂いがしないのであろうか、まぁ、よくいう「良い人」なのである。
今夜も合コンに参加したのだが、いつもと同じで好みの女性に声が掛けられず、ヤケ酒がすすみ過ぎて相当酔っ払ったせいで、タクシーを降りる場所を一本間違ってしまった。
「あれぇ、ちゃうぞぉ、ここじゃないぞぉ・・・ま、いいか」
月夜のぬくい晩だったので、そぞろ歩きも風流だとばかりにノンキに歩いていくことにした。
近所迷惑顧みず、大声で歌いながら家路を行くと、電柱のかげに何かがうずくまっている。
・・・女?
「どぉしましたぁ?」
彼は脳天気に声を掛けた。そんなところが「良い人」所以である。
「転んでしまって・・・くじいたみたいで動けないのです。仕事なのですが・・・」
「ほほぉ、そりゃ難儀でしょぉ〜僕、送っていってあげますよぉ」
女は近くのスナックで働いていると言う。ほの白い月明かりでみるかぎり大層美しい女である。
「はれ?この辺にスナックなんてあったかいなぁ?」
きっと最近できたばかりなのだろう、ついでにもう少し飲んでいこうと彼は思った。
女を抱えると思いのほか軽かった。

「ここですわ、どうぞお入りになって」
スナック「蓮」と書かれた小さな木のドアを開けると、中は結構広いようだ。
上品なジャズなどが流れている。客はまだ誰もいない。
「いらっしゃいませ・・・あら、紅子ちゃん、どうしたの?」
薄紫の着物に身を包んだ年の頃40半ばのママらしい女が駆け寄ってくる。
「紡蓮ママ、わたし転んで挫いちゃって・・・この方に助けて頂いたの」
「まぁまぁ、それはそれは・・・ありがとうございます。ささ、こちらにお掛けになって。翠子ちゃん、お願い・・・」
紅子と呼ばれた女は手当てのためか奥に引っ込んだ。

 

 

「さぁ、ほんのお礼ですのよ。お飲みになって・・・」翠子が差し出した飲み物は蒼いカクテルだった。
「・・・・美味い!なんです、これ?」芳醇な香りが包み、濃厚かつ馥郁たる味わいは言うに及ばず、何故か力がみなぎり、先ほどまでの悪酔いが退いていくのだ。加えて脳細胞が活性化するような、エネルギーが満ちてくるような、とにかく自信が湧いてくるのだ。
「甘露水ですわ。別名アムリタというカクテルですの。特別な方にしかお出ししませんのよ、美味しいでしょう?」 妖精とも見まごうばかりの翠子が薄くほほえんで言った。

彼は溜め込んだストレスも消えていることに気が付いたのは朝目覚めた時だった。
いつのまに帰ってきたのかは記憶にないのだが、いつになくさわやかに起きる事が出来たのだ。
驚いた事に鏡に映った自分の姿がまるで別人だった。
精悍な顔立ち・・・いや、確かに自分なのだが、ぶよぶよしていた余計な肉が体からすっかり削ぎ落とされているだけではなく、ほどよく筋肉も付き、浅黒い肌が惚れ惚れするほどである。
「誰だ、こいつ?・・・俺?うわ〜〜っ、すげ〜っ♪」
夕べの出来事は夢かと思っていたのだが、これはきっとあの甘露水とかいうカクテルの効能に違いない。彼は会社でも評判になり、スナック「蓮」での一連を得意げに話し始めた。

・・・・

蓮ママ、なぜあの男をあのまま帰しちゃったの?
そうよ、せっかく紅子ちゃんが挫いたふりして連れて来た餌だったのに・・・甘露水までのませてさ。
あの、お腹の脂肪がなんとも美味しそうだったのにねぇ、食べそこなったじゃないの?
ふふふ、あんたたち考えても御覧なさい。あの男なら今頃ここのことを他の男たちに話しているわよ。
まぁ、さすがだわ、ママ。そこまで用意周到だったのね。
しばらくはエサに困らないわよ、さぁ、忙しくなるわ。頑張ってね・・・。

・・・・
三匹の女郎蜘蛛は糸を張るために外へ出かけて行った。

・・・・
― こぶとり爺さん―

山姥

女 姥

 

金治はもういい年なのに飯を食わせたくないからと嫁ももらわぬほどの、村で一番のケチだった。

そんな金治の家に、ある夜女がころがりこんできた。

「山向こうの実家に帰る途中、山賊に出くわし、命からがら逃げてまいりました。
どうか一晩かくまってくださいまし・・・」

つむぎ と名乗った女は都の大店に奉公していたが、母親の急病を知り閑を貰って帰る途中だという。

さすがの金治も気の毒になった。なにより、たおやかで色白な つむぎ の色香に惑わされ、
いつものどケチはどこへやら、何くれと面倒をみる始末である。

取って置きのシカの干し肉やら、山菜の漬物、自分もめったに口にしない白い飯までも出し、
山村の夜は冷えるからとかなんとか言いつつ頬を染めてもてなす有様である。

が・・・

「ご主人様、わたくしは食事をいたしませんので、どうぞ、お構いくださいますな」
と何も手に付けない。

そんな女が、いや人間が本当にいようとは、金治は完全に舞い上がってしまいダメで元々と、

「おらの嫁に・・・」と言ってしまった。

ところが、

「金治さま、わたくしのような女に何とお優しいことを・・・わたくしも一目みたときから・・・」という返事である。

夢見ごこちの一夜が過ぎると、すでに朝餉の支度ができていた。

夕べの残り物を上手に使って、質素ながら心づくしの朝食に金治は良い嫁を貰ったと心底得をした思いである。

しかし、やはり つむぎ は箸を付けない。

「本当に食わねぇでもいいのか?」

「はい・・・」 つむぎ はにっこり微笑んだ。

そんな日が何日か続いたとき、友人の番助が金治に忠告した。

「金治よ。メシを喰わねぇで生きてる人間がほんとにいると思ってんのか?
おめぇ騙されとるで、気ぃつけや。その女、人間じゃねぇぞ。世に言う山姥ってバケモンに違いねぇ!
今日は野良に行くふりして嫁のすることをよく見とれ」

そう真顔で言われると金治も不安になってくる。

(そんな、まさかな・・・)

金治は納屋に隠れて つむぎ を見張ることにした。

つむぎ は背負子をかついで山に入り山菜を沢山獲ってきて漬物にしたかと思えば、
川で魚を捕まえて干物をこしらえ匂いにつられてやってきた猫やら何やらを楽しそうに追っ払っている。

あっというまに繕い物をしたかと思えば花を摘んであばら家を飾り、実に嬉しそうにくるくると家事をこなしていたが、
やはり一口も食事を摂らなかった。

金治は番助に言われて つむぎ を疑った事を恥じて、ついそのことを つむぎ に話してしまった。

「お前さま・・・」 つむぎ は少し哀しそうな顔をしたので金治は大いに慌てた。

「つむぎよ、村のもんがお前をあれこれ言いたがるのは 羨ましいからじゃ。気にするな。
おらは心底おめぇに惚れとるで・・・」 そういうと金治はひしと つむぎ を掻き抱いた。

「お前さま、わたくしの気がかりはただひとつ。山向こうの母の具合でございます。
山賊が恐ろしゅうて越えられませんだが、お前さまがいっしょならと思うておりまする」

金治は愛する つむぎ のためならと 承知した。

「なにぃ!金の字、本当に行く気か?!」

番助は金治に何を言われても未だ つむぎ への疑いを晴らした訳ではなかったので、
何とか金治を止めたがったが、金治の決心は固かった。

「おめぇそれほどまでに女房のことを・・・しょうがねぇ、家のことはおらに任せておけ。
ただ用心はしろよ、山賊のことだけじゃねぇぞ」

なおも何かを言いかける番助を振り切って、つむぎ と金治の二人は山越えの旅に出かけていった。

「しかし、他人のためになんか、何にもしなかったヤツが、たとえ女房のためとはいえなぁ・・・
変われば変わるもんだ」

番助が深い溜息を一つついたとき、赤ん坊を背負った背後から浅黒い顔の女房が大声で怒鳴り散らした。

「あんたも少し変わったらどうだい?!」
「うるせぇ!女によりけりだっ!」

「なんだってぇ?きぃぃぃっ」
「イテぇ!なにすんだ、このアマっ!!」

夕日はあっというまに山に沈む。

小さな提灯一つではとても歩けないので頃合の洞くつを見つけて二人は休むことにした。

つむぎ はさぞ疲れていることだろうと見たが、息を荒げるでもなく、いつものように静かに微笑んでいる。

いや、いつもより妖艶さが増している・・・?

「お前さま、さぁ、ここへ休みなされ」

金治が干し飯を食い終わった頃 つむぎ はそっと金治の手を取った。心なしか つむぎ の手が熱い。

「つむぎ・・・?」

「お前さま―― わたくしはこの日が来るのを心待ちにしておりましたぞ。いよいよ 我の本懐を遂げるときじゃ」

そう言うなり つむぎ は金治の上に圧し掛かると自らを貫いている金治のものを思いっきり絞り上げたのだ。

「うわーっ、つむぎ?!うっうぁぁぁっ!!」

間断なく押し寄せる激烈な快感に、さしもの金治も耐え切れず、つむぎ の身体を突き放そうと必死でもがくのだが、
どうしたことか つむぎ はびくともしない。

「や、止めてくれーっ つむぎ いったい これはっ!」

「・・・ふふふ、遅いぞぇ、金治。我に捕らわれ喰われることを幸とせよ」

金治のものは つむぎ の中で 自らの意思があるものの如く萎えるどころか、
いつ果てるともなく精を出しつづけているのだ。

「い、いやだぁーっ!あああぁぁぁーっ・・・」

「そぉれ。おのれの精をもって我の腹を満たすのじゃ。まだじゃ、足らぬ、まだ尽くしてはおらぬぞぇ!」

「ぎ・・・ぎゃぁーっ!!」

金治は精を搾り尽くされ、最後には捻じ切られて心の臓が破裂してしまった。

「都の男共はひ弱すぎるゆえ百姓なれば我をたんと満足させてくれると思うたが、ふん、他愛も無い」

つむぎ は捻じ切ったものをペロリと口に放り込んだ。

「さても、まだまだ足りぬぞぇ。そうじゃ、あやつ・・・番助とか申したな・・・
なかなかの身体をしておったゆえ・・・ふむ」

つむぎ はますます美しく艶の増した白い肌を薄布に包み、枯れ果てた金治に一瞥をくれると、
真っ赤に濡れた唇をにぃっと歪めた。

―― 山姥 ――

竹取&浦島物語

堕女神 (かぐや姫&乙姫)

「あの二人、なんとかならぬものか・・・?」

天帝様は頭を抱えていらっしゃいました。

天界で評判の美しい女神“オト”と“カヤ”のことでございます。

この二人、何かにつけて張り合う、言わばライバルですが、特に男神への恋のさやあてが近頃、激化するばかりでして、他の女神様方は我慢の限界、怒り心頭の一方で、男神様にいたっては自分が本命だとばかりにトラブルが絶えず、しまいにはオト派、カヤ派などという派閥間の争いにまで発展、一触即発でございました。

これでは正常な天の運営ができませんから天帝様は背に腹は代えられぬと、

“お前達、人間界で少し頭を冷やしなさい”

オトとカヤの両名を天外追放処分にしてしまいました。

そうしてオトは海中へ、カヤは山中へ落ちてしまったのです。

オトは海底から出られませんでした。唯一、浮上してよいときは嵐のときだけ。
なぜなら、そんなときに海上に出る者はいないからです。

カヤはそのころ竹の中に閉じ込められておりました。

二人とも内心、忸怩たる思いでした。

地上におりれば天の男神とは違った、たくましい人間の男と知り合えるかも、などと不埒な期待もあったのです。

お互いが “あいつ、今ごろは・・・” と思い、ハラワタを煮え繰り返しておりました。

片や海中、片や竹中・・・二人は自己中・・・
怒り散らし、わめきまくっても誰も聞いちゃおりませんでした。

彼女らは必死で善後策を考えていました。

そこはそれ、落されたとはいえ、神は神ですから、まず、オトは海底に豪奢な宮殿をこさえました。

「ちくしょう!サカナばっかしやん!なんで、あたしがこんな辛気臭いとこにおらなあかんねん!?ううう、さわるな、気色わりぃ、なんやねん、このうにょうにょしたもんは!」

カヤはとにかく抜け出さなければなりません。

「ここはどこぉ?せますぎるぞ!・・・出たいよぉ・・・出して・・・出さんかい、こるぁ!!」

そうして何年か経った頃です。

荒海に小舟が翻弄されておりました。

のんきに釣り糸を垂れているうちに、つい寝込んでしまい、沖に流された上、嵐に遭遇してしまったマヌケな男が乗っていました。

オトは目ざとく見つけ、たぶらかし、海底に引きずり込んだのです。

一方カヤは怒りのせいで発光したおかげで木こりに見つけてもらい、ようやく竹から出られたのはいいのですが、この男ろくに耳の聞こえないひどい年寄りでしたから、カヤはもう一度、竹の中に戻りたくなりました。

しかし、身の丈3寸になっていたので一人ではなにも出来ませんでした。

オトはマヌケな男を引きずり込んだまでは良かったのですが、相手は人間でしたからあっという間に溺れてしまいました。
「しまった!せっかくのオトコだったのにぃ!今ごろアイツはうまくやってんだろうか?ううう、クヤジィ」

カヤは木こりの爺にとっつかまっておりました。
一向に身の丈が戻らないので何もかもが不自由でなりません。
爺は自分を子供とおもっているらしく、夜伽をさせられないだけでも幸運でした。
「冗談じゃない、こんなクソジジイ!襲ってきたら、噛み切ってやる!」

二人の堕女神は “こんなことになったのは皆アイツのせいよ” と片方を呪い、ただひたすら天帝様に帰還の許しを乞う毎日でした。

日月が静かに過ぎてゆき、オトもカヤもいい加減反省したであろうと、やさしくも甘ちゃんの天帝様は二人を天界に戻す許可を出しました。
二人が天にも舞い上がるほど喜んだのは言うまでもありません。

「ああら、オトさま、お元気でしたの?」
「そういうカヤさまも、ご機嫌麗しゅうございますわね」

 「あたくし?、まぁね。下々の男はあたくしを憧憬していただけなのですけど、貴族の男が5人シツコイの何のってね。あたくしのデタラメなお願いを見事な洒落でかなえてくださったわ。しかも、大王おおきみ様までが求婚して下さったのだけど、天帝様のご命令は絶対ですから、戻ってまいりましたのよ、うふん」
 

 「それはそれは・・・。あたくしも嵐の海に果敢にも挑んでいた偉丈夫な美青年と恋に落ちて3年ほど蜜月をすごしましたのよ。あんまり激しくて・・・うふふ、彼ったらすっかり・・・当分使い物になりませんわね、あれじゃぁ。おほほほ」

『お〜っほほほほ!!!』

天帝様は寝込んでしまわれたということです。

*** かぐや姫 浦島太郎 ***

猿蟹合戦

業 

オレは車を飛ばしていた。

明日、ある地方都市でライブがあるんだが、ギタリストのオレは女房の出産に立ち会うので別行動したのだ。

さっき無事に娘が生まれ、オレは仲間たちと合流するために高速を飛ばしているのだ。

雨がひどくなってきた。 慌てていたのだろう、出口を一本間違えたらしい。

「ちっ・・・ここはどこいらだ?」

雨のせいで案内板が良く見えない。

道なりにゆっくり車を進めていく。

しかし、道幅がどんどん狭くなり、山道のようだった。

すでに夕暮れてきたのに、街灯も途絶えてあたりは見えない。

「・・・あ、オレ!それがさ、道に迷ったみたいで・・・うるせぇよっ!お、おう、サンキュ・・・オンナだよ、む・す・め!ま、まぁな・・・んじゃさ、今夜は何とかすっからさ、うん、明日ってことで・・・ん?もしもし?・・・あれ?電波が、ダメかぁ・・・」

突然ケイタイが切れたところを見ると、すっかり山あいに入り込んでしまったのかもしれない。

 しかし、道はちゃんと舗装されているのだから、この先誰かが住んでいるかもしれないし、どこかの町にも続いているのだろう。

オレはそう高をくくっていた。 思えば、そのとき、引き返せばよかったのだ。

―――

雨脚が激しい。

車がガクンと揺れた。

舗装が終わり、砂利道になったようだ。

やたら揺れるのは水溜りのせいなのだろう。

(この分じゃ、町に出そうにないなぁ・・・) オレは時計を見た。

(高速を降りた時、確か12時ちょい過ぎだったはずだ!?)

車の時計は12時10分を指したまま止まっている。

腕時計もケイタイも同じだ。

「何だ?!」オレは叫んだ。

聞いていたライブのCDを止め、ラジオに切り替える。

AMもFMも雑音すら聞こえてこない。

オレは例えようの無い不安に襲われたが、電波の届かない地域なんだと自分を無理やり納得させる。

雨が降り続く漆黒の闇・・・車のライトだけが頼りの見知らぬ土地・・・

ガタガタと揺れつづけるなか、オレは不安が恐怖心に変わっていることに気付いた。

「ちくしょう!ここはいったいどこなんだっ?!」

そのとき、ライトの光にぼんやり浮かんだのは木製の小さな橋だった。

(橋が架かっているってことは、人が住んでるってことだな。よしよし!)

先ほどの不安と恐怖心はすっぱり消え去って、とにかく人家を見つけて、ここがどこなのかを知りたかった。

「渡れるだろうな?」 自慢の4WDを疑ったのは初めてだったが、車を降りて確認する事にした。

その橋はぎりぎりで愛車の幅分はあったが、架かっているところには川が無かった。

溝のように凹んではいるのだが、この雨にもかかわらず水が流れていないのだ。

オレは雨水はもっと低いところに流れ込んでいるのだろう ぐらいにしか思わず、これなら車が橋をぶち壊しても支障はないと安心したのだ。

案の定、半分腐りかけた木の小橋は車の重みに耐え切れず、メリメリと壊れてしまったのだが、

オレは 「非常事態だ!だいたい川にこんなちゃちい橋しか架けていない役所が悪い!」 なんて憤慨もしていた。

今思えば、何てことをしちまったのだろうと悔やんでも悔やみきれない・・・・

いつの間にか雨が止んでいた。

いや・・・路面は濡れていないのだ。

「あれ?」

オレの車も俺自身もグショ濡れだというのに、オレは辺りを見回した。

夏のはずなのに震えが止まらない。

雨のせいだけではない。

橋が架かっていた向こうの道、オレが車で走ってきたはずの道・・・無い・・・。

山がぐるりと取り囲んでいるのだ。

道は溝からこっちに始まっている。

煌々と照らす満月の明かり、車のライトに浮かび上がる山々が朧に白く霞んでいる。

桜・・・桜の山・・・? オレは膝から崩れ落ちた。

「 ここは―― どこだ――!」

もちろんケイタイなど繋がるはずも無く、ラジオもダメだ。

時計も・・・動いている。

12時15分・・・カチカチという確かな時の刻みだけにすがって、オレは立ち上がった。

「落ち着け、考えろ!」

時は存在するか?月が少しずつ動いている、よし。

オレは変になっていないな?娘が生まれて、車で仲間のもとへ行く途中、よし。

車も、燃料半分、よし。

道がなくなっていること、雨が・・・雨がこっちでは降っていないこと、季節が春ってこと・・・

オレは受け入れることにした。

この異常な状況を否定したところで何にもならないのだろう。

とにかく朝まで待っても仕方ないのだし、今きた道がなくなっているのだから戻れるはずも無し、オレは車をゆっくりと発進させた。

・・・橋を渡った時点でオレは異次元に迷い込んだのだろうか・・・SF小説みたいだな・・・SFってのはサイエンスフィクションか、ファンタジーか、でも、この状況はサイエンス的じゃねぇよなぁ・・・

オレは押しつぶされそうな気持ちを誤魔化そうとしていたんだろう。

「娘の名前だって、まだ決めてないじゃねぇかよ・・・」

漠然と、もう戻れないかもしれないという予感がかすめていった。

そして、腐れ架けたあの木の橋を渡ってしまったことを激しく後悔していた。

月が山の片端に傾いて、夜が白々と明けてきた。

無数の見渡す限りの桜が春の朝風に揺らめいている。

「す、すげぇ」 春が取り残されている景色にオレは不安を忘れて見とれていた。

すると、向こうから女が歩いてくるのに気が付いた。

―――

羽衣・・・薄い桜色の、なんていうんだっけ・・・そう、貫頭衣みたいに 身体に布を巻きつけている。 長い黒髪を背中に垂らしている。

「!?」 オレは思いっきりブレーキを踏んだ。

―― いや、そんなはずは無い。女房は病院のはずだ! ―――

あわてて車を降り、女が近づいてくるのを呆然と見つめていた。

「橋を壊したのはあなた?」 赤味がかった茶色の瞳でオレを見据える。

女房じゃ無い。

女房は美容師だから今風に金茶のショートだし、眉も弓なりに描いているし、第一声がこんなに低くない。

女房は陽気な女なのだ。

「美華 じゃないですよね?」 それでもオレは聞かずにいられなかった。

「・・・みか・・・あなた、猿渡美華 をご存知なの?」 女は双子の姉、夕華 と名乗った。

美華は天涯孤独じゃなかったのか? 姉がいるなんて聞いたこと無いぞ。

なぜ、言わないんだろう。大事な肉親じゃないか。子供も生まれたというのに。

「妹は九州にある遠い親戚の養女になったのです。小さい頃からここを嫌っていたから・・・」 夕華が寂しそうに桜の山々を振り向いて言った。

「あの、お、お義姉さん・・・。つかぬ事を伺いますが・・・あの、いったい、ココはどこなんでしょう?オレ、実は雨で道に迷っちゃって気が付いたらここにいたんっすけど、橋を壊しちまって、そしたら来たはずの道が無くなっちゃったような・・・」

「・・・・お義姉さん?ふふふ、そうなるのねぇ、愉快な事・・・ここ?ここは、ウチ とでもいうのかしら。私達はそう呼んでいるから、特別な地名は必要ないの。」

夕華はあいかわらずオレをじっと見つめたままでいる。

一重の切れ長の赤茶の瞳が、身じろぎもせずオレを捕らえている・・・

オレは吸い込まれそうになるのをじっと堪えていた。

「い、いやだなぁ・・・地名が無いなんてそんなこと・・・でも、ここは日本でしょう?桜もあんなにあるし―ー」 オレは変な理屈だとわかっていても、そう言うしかなかった。

「あなた、あの橋を壊してしまったのねぇ」 オレの問いには答えず夕華は淡々と繰り返す。

「え?ああ、すみません。でも、元々朽ちかけていたんじゃないっすか?役場にでも頼んで修理してもらってくださいよ。多少なら弁償するっす」

こんな、ちっぽけな木橋の一本や二本、仮設ならすぐにも架けられるじゃないかとオレは少々ムカついてきた。

なんで、そんなにこだわるんだろう。

「あの小橋は特別だったのよ、特にあなたのようなソトの男には・・・ね」

夕華は口の端だけをにぃっと吊り上げて薄く笑った。

「それより、どうなさるの?これから・・・」

「ど、どうなさるって・・・とにかくオレ、今日仕事があるんすよ。オレのギターがなけりゃ、ライブにならんのです」

「ライブ・・・」

「はぁ。それに、お義姉さん、もう“伯母さん”っすよ、美華が娘を産んだんです。オレ、名前を付けなきゃならんですし。だから、早く帰らなくちゃ・・・」

「そう・・・あの子が・・・そう、なるほどねぇ。だからなのねぇ」 「え?」

夕華の瞳が赤く燃えていた。

「茂樹さん、残念だけど、あなた、お仕事には行けないわ。名前を付けにも帰れないのよ。諦めなさいな・・・」

オレはその時、まだ夕華の言葉の意味がどんなに恐ろしいものなのかわからなかった。

―――

「どういうことでしょう?」

「蟹江茂樹さん。あなたが蟹江家の人間で、美華に子供を授けた男だからこそ、ウチに来なければならなかったってことよ」

ますます困惑する。

結婚して子供が生まれるのは当然じゃないか。

実家に挨拶すべきだったんだろうが、女房は肉親がいることすら内緒にしていたんだぞ。

第一、オレは道に迷ったあげく、このわけの解からない所に出てしまっただけだ。

「私に付いていらっしゃい。車には乗っていけないわ。ここへ置いておきなさい。心配ないわ、ウチからソトへはもう誰も行けないのだから」 道が無いのだ、と夕華が言った。

唯一のソトへの掛け橋はオレが砕いてしまったのだ。

一緒に並んで歩いているうちにオレは惑乱してきた。

現実感が乏しくなり、不安と恐怖も増しているし、眩暈までしてくる。

そういえばオレ、夕べから何も喰っていない・・・オレは失神するようだ・・・そうだ!娘の名前は 樹華 にしよう・・・オレのムスメ・・・会いたい・・・

―― ここは どこだ ――

オレは徐々にはっきりしてきた意識を探る。

夕べからの出来事を反芻する。

―― 夢? ―― いや、この部屋に見覚えは無いぞ・・・

「お目覚めですか」

オレは飛び起きた。

辺りはすっかり暗くなっていた。

オレが寝かされていた布団の周りを ぐるりと取り囲んでいるのは老若の女たち。

皆、身体に同じような布を着けている。

年の差を感じるのは髪の色からだ。

白髪交じりの年長と思われる女でも40そこそこにしか見えない。

その中で夕華は一番若く見えた。

「お義姉さんっ!オレの服!!」 オレは素っ裸だった。

(オレになにをしやがった?!)

「そこに布がある。かぶりなさい」 大判のシーツのような布だった。

頭と手を出す穴があけられていて、腰を紐でしばるようにしてある。

思い出した。

社会科の教科書に出てくる、弥生時代あたりの貫頭衣ってやつに似ているんだ。

違うのはこれが極上の絹というところだろう。

なにで染めているのか、淡い色合いが桜の山に映えてさぞかし美しいだろう。

寒さは全く感じない。

気温も人肌に調度いいのだろう。

そういえば・・・美華は暑がりで寒がりだったな。

オレは無性に女房に会いたかった。

「茂樹さん、これからウチの母長に会っていただきます」 夕華が静かに言った。

「ははおさ?」

「何を言われても、直答はしてはなりませんよ。それと、何を見ても大声を出さぬように・・・」

―――

 何と言う光なのか・・・

乳白色のやさしい温もりを光が持っているのだ。

―― 桜が発光している ――

細い道の両側にも植えられている桜が満月に照らされているだけでは無く、ぼんやりと光を発している上に、香りがするのだ。

ああ、これは女房の、アノ時の香りだ・・・オレは美華に抱かれているように思えて、少し落ち着いてきた。

「ここよ、さぁ、上がりなさい」

夕華が指し示す先には、大きな神社が・・・そうオレには神棚にしか見えない巨大な社がそびえていた。

ゆうに20メートルはありそうだ。

高い足場状に木を組んで、てっぺんに「神棚」が乗せてあるのだ。

(神棚みたいだなぁ・・・んじゃ、母長ってのは“神”なわけか)。

そして、ところどころに踊り場を設けてある階段が長々と社の入り口まで続いている。

その踊り場には長い鎌を持って女が立っている。

この長い鎌は武器か・・・誰から身を守ろうとしているんだろう。

それにしても、高い・・・

「の、のぼるんっすか?これ・・・」 オレは自慢じゃないが高所恐怖症持ちだ。

「早くしなさい!」 有無を言わさぬ口調は やっぱり美華の姉らしい・・・

「た、高いっすねぇ・・・」 オレは足元を確かめながら恐る恐る登っていく。

こんな巨大な物を木だけで組んであるとは。

( 建築基準法ってやつに違反してんじゃねぇのか?!いいのか、おい)

春の夜風に少し揺れている気がする。

「うっうわっ!」オレは隣りの夕華にしがみ付いてしまった。

赤茶の瞳がオレを捕らえる・・・捕らえて離さない・・・

「す、すんません、お義姉さん」

「さぁ、早く・・・」 顔色ひとつ変えずに夕華はオレを上へと促した。

むっとするほどの桜の香りが鼻をつく。

発光する桜木が壁に掛かり、ぼんやりと人影を浮かばせている。

中はかなりの広さだった。

桜木の樹皮で作った敷物が敷き詰められ、二段になった座敷の上には御簾が掛かっていた。

「母長様、蟹江茂樹を連れ参りました」

「・・・・足労であった。蟹江とやら、直答を許す。近う寄るが良い。皆の者は下がり居れ」

オレは長神様に口を利く許可をもらったらしい。

しかも、二人っきりでだ・・・

「なりませぬぞ、母長様!男と二人きりとは!!」 顔色を変えて夕華が叫ぶ。

「口を挟む出ない。出すぎは身をほろぼすぞ、夕華。ウチの大事じゃ・・・心配するな」

夕華はすごい形相でオレに一瞥すると、他の女たちと共に社を出て行った。

(あんな顔をするとは、やっぱり双子だ・・・よく似てる)。

「茂樹とやら、御簾を上げておくれ」

「は?はぁ」オレは目の前のスダレを下からくるくると巻き上げながら中を見た。

「!?・・・うわっあぁぁ」

―――

 巨大な白い蜘蛛が・・・

桜色の薄い布の中に半ば埋もれて左右 本づつの触手を小刻みに動かしている。

しかし、顔が・・・女の顔が付いていた。

「あ、あう・・・バ、バケ・・・」 オレの身体に止めようの無い震えが襲う。

『化物か・・・。そうであろうの。わらわの体は クモ じゃ』

哀しげに微笑む顔はまたも美華のものだった。

『夕華と美華はわらわの子じゃ。それにウチに住まう女はみな、わらわの娘達じゃ』

「・・・」

『よい、そのままで聞いておくれ。わが猿渡家の由来を話してやるほどに・・・』

はるかな昔、猿渡と蟹江とで戦があった。

その戦火はウチの結界をも破り、殺気立つ兵士たちがなだれ込んできた。

ウチは女だけの世界である。たちまち蹂躙され、殺される女も少なくなかった。

それまで、子種を採るためだけにソトから選りすぐりの男を呼び寄せて、用が済めば男は山桜の養分にしていたのだ。

『特に蟹江の血を引く男の精が猿渡によく合っていたのだよ。』

その兵士たちの中に長の呪をも跳ね返す一際強い力を持った蟹江家直系の若武者がいた。

『それが、夕華と美華の父じゃ。』

オレの先祖ってか?オレは他人事のように母長の話に引き込まれていた。

『―――蟹江の若武者は同族の大臼、蜂須、小栗、牛飼とともにウチの女たちを次々に手をかけた。

しかし生まれてきた子供らは無事には育たなかった。

そなたらの言葉で言うなら、遺伝子が合わなかったのだろうの。

このままではウチは崩壊する。

種族の消滅を止めねばならぬ。

わらわは結界を永遠に閉じる呪を使わねばならなかった。

その結果、わが身体はこのような、おぞましい蜘蛛に成り果てたのじゃ。

蟹江の精はわらわの体内に残っていたのだろうの、夕華と美華を生み出し、呪をかけたところで力尽き果てた。

もう、わらわにヒトの姿を保つ力は無い―――』

ウチは猿渡の女人族の村で、ただひとつの出入り口が、あの木橋だった。

彼女らはいわば亜人種なのだろう。

ヒトと交わる事はできるが、その種を存続させるためには男の遺伝子を選ばなければならなかった。

長い時の中で、その遺伝子を見つけ、必要に応じて呼び寄せ、一族の秘密を守るために男達は桜木の養分にされていた。

蟹江家とはそういう家系のひとつだったのだろう。

そして、蟹江家は女人族猿渡家に復讐したのだ。

オレは知らずに猿渡の女と出会い、恋に落ち結ばれた。

子を生したのでオレに対して結界が開いたのだろうか・・・

『――美華は時折もたらされるソトの世界に憧れていた。

ソトから来る男とウチの女との話を聞いていたのだろうの。

機会を待ち、男を招くために開いた結界を逆に抜けていったのだよ――』

そうして猿渡と縁深い家を頼り、普通の娘として成長していった。

『あの子は蟹江との経緯や、自分の出生については何も知らぬはずだよ』

オレと普通に出会って、惹かれあい、そして娘をもうけて・・・

「・・・じゃぁ、オレの娘はどうなるんです?!オレの樹華は――」

『樹華と名付けるのかぇ?良い名じゃ・・・心配ない』

オレは涙があふれて仕方なかった。

『そなたのことは美華の養い親から逐一報告があった。蟹江の直系と知ったときはウチがまた、あの災禍にみまわれると騒然としたが、わらわが押さえた。』

そして母長神はゆらゆらと触手をオレに向けた。

『おまえさまは、かの若武者に生き写しじゃ・・・』

長の薄赤い両の目からも、はらはらと涙が落ちていた。

『あとのことは夕華に任せるが良い。夕華、そこで聞いているのだろう?』

「はい」 小さい応えがあって、入り口の戸が開き、夕華が入ってきた。

御簾が下げられ、それっきり中の気配が消えた。

「ここは“時”に忘れられた村。ウチの中とソトでは時間の流れが違うようです。それでも、あの木橋によって辛うじて繋がっていればこそ“時”は未来を指して動いていたのかもしれません。でも、最早、橋は崩れ、結界の向こう側を知る術は無いのです」  

―――

 だから、あれほどあんな朽ちかけた橋にこだわっていたのか。  

オレは何てことをしたんだろう。

 知らぬ事とはいえ・・・オレにとっても、ウチにとっても先祖と同じくこの村を窮地に追いやっている。

―― ソウジャ、ダカラ蟹江ノ オトコハ ワザワイヲ モタラスト 言ウタニ・・・ ――  

 わらわらと女たちが入ってきた。 年嵩の白髪の女が一番に口を開く。

「母長様のたっての頼みで我らはそなたを生かしておったが・・・」 ざわと空気が動く。

「お止めください、紡蓮大姉さま!ウチで子を生すことのできるのは、もう この蟹江の男しかいないのですよ!」

「え?!」 オレは意外な展開に目がテンになった。

女たちの瞳が一斉に、そして真っ赤に燃え出した。

(い、いっそ殺して・・・)

「お、お義姉さんっ、何てことを言うんですか!もう少しでオレ・・・ううう」

「ああでも言わないと、あなたも山桜の養分にされるところだったのよ!生きていたいでしょう?樹華ちゃんに会うために・・・」

オレはまぁるい月の光をあびて、自ら発光する山の桜木を見渡した。

車の中からギターを持ってきたのだ。オレの生きる証みたいなものだからな。

「弾いていい?」

「・・・もちろん」

オレは生まれたばかりの娘と美華に届くように祈りながら弾き始めた。

またしても、涙があふれる。

還れない・・・あの幸せな時には戻れない・・・赤ん坊を愛でることもお前に触れることも叶わないのか・・・美華・・・桜の薫りのするお前を抱きしめたい・・・

バンドの仲間とももう馬鹿をやれないのかなぁ・・・臼太、栗金、蜂番、牛新・・・

オレの愛する者たちよ、オレは時の狭間に取り残されてしまったぜ・・・

例えようの無い寂しさに襲われた時、オレは夕華やウチの女たち、母長の心の奥底を見たような気がした。

ウチの女族は悠久の過去からずっとこんな思いを抱えて生きてきたのだ。

美華は反逆者で一族の裏切り者だったが、それを許していたのは自分達の未来を密かに美華に託したかったからだ。

蜘蛛に成り果てた母長も、女として母として、我が身を呪いつつも一族の行末を愁いていたのだろう。

オレもまた、旧家の息苦しさに耐え兼ねて、ギターを一本背負ってひとり家を飛び出したのでは無かったか。

蟹江の家もまた、どこか時代に取り残されていたような気がする。

今にして思えば、何かがオレを呼んだのだろうか。

成るべくして生ったのだと感じるのだ。

“若武者に似ている”と言った母長の顔・・・・

―― ああ、愛しい者たちよ ――

オレは精魂込めてギターを弾きつづけた。

 ―― エピローグ ――

 「樹華ぁ〜おまたせっ!」  

「ママ!」 小さい手が私に絡みつく。

姉さま、私のひょうきん亭主はきっとそっちに行ったのでしょうね。

樹華が時々寝言を言うのでわかるのよ。

樹華はあいつの言葉を私に伝えてくれてるの。

あいかわらずバカやってるみたいね・・・会いたいわ。

樹華が大きくなれば蟹江の血と猿渡の血が上手く融合して、きっとウチを解放してくれると思うの。

そのために、バンドの仲間が私達を守ってくれているのよ。

臼田氏、小栗くん、蜂須ちゃん、牛飼マネージャー・・・だって、樹華はあの木橋と同じ役目をするはずだから。

もう少しよ、姉さま。 それまで、あいつを守って・・・いいえ、見張っていてね。 ふふふふ・・・・

いつかきっと、この宿業を打ち壊してみせるわ。

そのために私、ウチを出たんですもの!

*** 猿蟹合戦 ***

桃太郎

         隠忍(オニ)

 

むかし、むかし・・・ 

都の美しいお姫様がいなくなってしまった。

親や人々は夜も昼もさがしたけれど、ついに見つからなかった。

鬼にさらわれたのだと都の人々はみんな諦めた。

でも本当は鬼ではなくて隠忍(オニ)だった。

山奥の隠忍の村は流行り病で女がいなくなってしまい、仕方無しに里に下りて娘をさらったのであった。

隠忍の大将は金銀珊瑚で出来た美しい首飾りをお姫様にやると、お姫様は泣くのをやめて隠忍の妻になった。

お姫様はたいそう大事にされていたけれど、日に日に里心が募り、どうにもこうにも親に会いたくなった。

やっとの思いで隠忍の村を抜け出したお姫様はもう少しで里というところで足を踏み外し、谷川に落ちてしまった。

流れ、流されて・・・・

川で洗濯をしていた婆様と芝刈りをしていた爺様が見つけて助けたけれど、もう虫の息だった。

お姫様は最後の力をふりしぼり玉のような男の子を産み落とすと息を引き取った。

爺様と婆様はお姫様のかわりに男の子を大きくたくましく賢く育てた。

ある日、また都で娘たちがさらわれたと聞いた男の子は爺様婆様の許しを得て鬼を退治に行くことになった。

山奥で男の子は鬼の大将に出会った。

鬼の大将は<Whom ? ><Why did it come here?>と吼えたので男の子は剣を抜いた。

すると鬼の大将はまた<From whom was your necklace got?I gave the wife it. Do you know my wife?>と吼えたので男の子は鬼に切りかかった。

鬼の大将は他の鬼に向かって<You must not kill him!>と吼えると、高く手を挙げて <Boy、Stop!! Please stop!You may be my son!!>と叫んで男の子に向かってきたので、 男の子は渾身の一撃を鬼の大将に振り下ろし、鬼の大将を倒した。

それを見た他の鬼たちは散り散りに逃げていった。

男の子はさらわれていた娘たちを解放し、鬼の隠れ家にあった沢山の宝物を抱えて爺様婆様の待つ家に戻った。

そうして男の子は恐ろしい鬼を退治した英雄となって後世に語り継がれた。

*** 桃太郎 ***

日本の民話を・・・―了